今回は、ど真ん中左室拡張能についてお話をします。左室拡張能というと、左室の拡張期の機能か、どこからが拡張期かといろいろ人によって意見が異なりますが、おおざっぱに分けて考えてみます。
左室は収縮が終わると大動脈弁が閉鎖します。左室容積を変えることなく急速に左室圧は低下します。これを等容性拡張期、弛緩(relaxation)といい、収縮後の心筋の元の長さにもどりやすさを表します。左室圧が十分下がると僧帽弁が開放され血液は左室に流れ込みます。これを、左室の充満(filling)といい、左室への血液の入りやすさを表します。また、左室の充満に関係する要因として、左室の硬さ(stiffness)が重要です。このような、拡張期に起こる様々なプロセスを全部ひっくるめて左室拡張能と言います。漠然と左室拡張能と話すと、話がかみ合わないことも起こりうりますので、弛緩、充満、左室の硬さと分けてお話をしていきたいと思います。
拡張能を考える時に重要なことがあります。それは、拡張能は収縮能、左室の前負荷、後負荷、心拍数の影響を大きく受け、独立して評価することは臨床上難しいことです。心機能を考える時、どのように心拍出量を出すかという視点で考え、そのひとつの要因としての左室拡張能と考えて下さい。
では、なぜ拡張能が評価されなければならないのでしょうか?ひとつには、左室拡張能、特に弛緩能は左室収縮能が障害される前に障害されてくる、異常値がでてくるということから、左室機能障害の早期診断に役立ちます。また、心不全患者においては、独立した予後、重症度の予測因子であり、患者のリスク評価に用いることができます。ひとつのパラメーターではなく、弛緩、充満、硬さのいくつかを組み合わせて評価していくことが重要です。
左室弛緩とは左室拡張能の等容性拡張期を構成するもっとも重要な因子で、心筋が収縮後に元々の長さと張力に戻る心筋自体の能動的な過程です。弛緩で重要なのは、どれくらい早く弛緩できるのかという速度と、どこまで弛緩ができるかという距離です。弛緩の距離は、臨床上評価が難しいので、一般的に弛緩というと弛緩の速度を指します。臨床上、左室弛緩の開始は大動脈弁が閉じるところとなっていますが、終了がどこかは実際難しい。僧帽弁が開いても左室の弛緩は続いているからです。臨床上では大動脈弁が閉じてから僧帽弁の開くまでに間の等容性拡張期の左室圧で評価せざるを得ません。
どのような指標が用いられているのでしょうか?一番簡易なのが、カテーテルで求める等容性拡張期の左室圧を時間で微分した最大値(-dP/dt)や、心エコーでも求められる大動脈弁が閉じてから僧帽弁が開くまでに間の時間である等容性弛緩時間(isovolumic ralxation time:IRT)でしょう。より精確には、その圧が指数関数に近似することからその時定数が用いられます。時定数にはふたつあって、ひとつは弛緩したときの左室圧が0になると仮定し、P(t)=P0e-t/TL
という式で近似するという考えです。Poは-dP/dtが最大となる時の左室圧、tは-dP/dtからの時間、TLは時定数です。これをWeiss法(zero asymptote)とよびます。ただし、弛緩したときに左室圧は0より小さくなるので誤差が大きいため、最近はbest fit法(non-zero asymptote)を用いることが主流です。P(t)=(P0-Pb)e-t/TD+Pbという式で近似します。Pbは左室が収縮末期容積のままで完全に弛緩した時の左室圧、TDが時定数となります。Pbは実測できないので、左室圧波形から0でない一番fittingがいい左室圧をPbとして、TDを求めます。簡単なプログラムがあれば、式にすると複雑ですが左室圧だけで求めることができます。組織ドプラーで求める僧帽弁輪の長軸方向の速度(E’)が時定数と相関すると言われていましたが、最近は否定的な論調も多くなっています。